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    婚活と、純粋動機

    こんにちは。

    今回も数あるブログの中から

    こちらにお越し下さいまして

    誠にありがとうございます。

     

     

     

    今回は、

    「婚活と、純粋動機」

    というお話です。

     

     

     

    今回も、幸田先生が講演でお話しされたことが

    基になっています。

     

     

     

    タイトルに婚活とありますが、それ以外でも、

    コミュニケーションのことや現実好転、運命好転に

    役立つお話だと思いますので、

    楽しみにお読み頂けましたら幸いです。

     

     

     

    幸田先生は婚活のコンサルもされていますが

    たとえば

    「タイプの男性に出会わない」

    ということにしても

    「自分が色々がんばって、うまくいかない」

    ということにしても

    「現実を創造している自覚を持っているか」

    ということが非常に大切です、

    というお話でした。

     

     

     

    つまり、うまくいかない時に、

    誰かのせい、何かのせいではなく

    「自分の中の何かが作用して、

    こうなっているんだ」

    と、本当に自覚できるかどうか、

    ということです。

     

     

     

    それで

    「ああ、そうなんだ、自分なんだ」

    と思えたとして

    うまくいかない理由を

    自分なりに考えてみた時に

    「自分のタイプじゃないと、もういい、

    ってなってしまう。追わない」

    ということだと思ったとしましょう。

    「私、条件が厳しすぎるんじゃないのかな?」と。

     

     

     

    でも、先生がおっしゃるには

    「それはいけないことではありません。

    ありったけ条件を書いて下さい。

    理想のパートナーの条件を、

    細か〜なところまで、

    10個、20個、100個、

    200個出して下さい」

    ということでした。

     

     

     

    なぜそれがいいのかというと、

    それを行うことで

    自分はどういう理想を持っているのかが

    客観的にわかるからです。

     

     

     

    「でも、自分の理想はわかっているから、

    書き出さなくてもいいんじゃないの?」

    とお考えの方もいらっしゃるかもしれません。

     

     

     

    ただ、これは書き出すことに意味があるのです。

     

     

     

    なぜかというと、100個、200個となると

    頭の中では処理しきれない、

    というのもあるかと思いますが

    頭の中で考えていたのでは

    出てこない理想が出てくる可能性が大きいからです。

     

     

     

    「ああ、私、こんな理想もあったんだ!」

    という、新鮮な驚き、発見。

    まだ見ぬ自分を知る感覚。

     

     

     

    自分が現実を創造している

    自覚を持つ上でも

    これって、すごく意義があることだと

    思うんですね。

     

     

     

    で、書き出した中で、

    「特にこれは大事だな」

    というものに優先順位をつけます。

     

     

     

    たとえば、100個書き出して、

    10個、選び出す。

     

     

     

    「これだけはどうしても!」を

    純粋動機にしていく。

     

     

     

    純粋動機とは、

    「誰に何を言われようと、

    何が何でも絶対にという強い信念」

    のことを言いますが、

    いっぱい理想を広げて、その上で

    「こういう人と付き合いたいんだ!」

    という純粋動機を見つけていくことです、

    とお話しされました。

     

     

     

    妥協しなさいとか

    そういうことではなくて

    理想の中の理想を追っていいんですよ、

    というお話で

    すごくモチベーションが上がるというか

    テンションが上がるお話だと思うんですね。

     

     

     

    そして、

    「それが本当に純粋動機であれば、

    手段・方法を考えなくても

    起こってくるんです」

    と先生はお話しされました。

     

     

     

    少し言い方を変えると

    魂がそれを体験する必要があったら、

    必ずそうなる(必ず体験する)、

    ということです。

    (魂の存在は信じなくても大丈夫です)

     

     

     

    逆に言うと、

    私たちが体験している現実というのは

    100%、純粋動機の結果だ、

    ということ。

     

     

     

    純粋動機で体験したいことだから、

    実際に体験している、

     

     

     

    それが顕在意識で望むことであっても

    そうでなくても

    結果として体験したというのは

    そういうこと、

     

     

     

    というお話なんですね。

     

     

     

    だから、私たちは全員、

    純粋動機を持っているし、

    純粋動機で体験したいことも叶えている、

    ということなんです。

     

     

     

    だとしたら、あとは、

    その純粋動機を

    いかに自分が本当に望むように

    活用できるか、

    望むことを叶えられる形で

    持てるようになるか、

    ということじゃないかなと思います。

     

     

     

    では、

    それにはどうしたらいいか、

    ということですが

    やはり、感情学修だと思います。

     

     

     

    なぜ、顕在意識で望まないことを、

    体験してしまうのか?

    その体験の意味を読み解き、

    そこに潜む価値観(決めつけ、思い込み)を

    見つけ出す。

     

     

     

    そして、必要ないものであれば手放し、

    純粋動機でオーダーを出す。

     

     

     

    そしてその純粋動機を、

    より磨き上げていく・・・

     

     

     

    それが本当に純粋動機になった時

    たとえば婚活でしたら、

    本当に、心から幸せになれる

    パートナーが現れてくる、

    という形になるんじゃないかと思うんです。

     

     

     

    ぜひ、楽しみに、

    感情学修に取り組んで頂けたらと思います。

     

     

     

    最後までお読みくださいまして

    誠にありがとうございました。

     

     

     

    あなた様の

    益々の自己実現とご多幸を

    心からお祈りしております!

     

     

    | - | 15:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
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      自分の世界は自分の言葉が創っている

      こんにちは。
      今回も数あるブログの中から
      こちらにお越し下さいまして
      誠にありがとうございます。

       

       

       

      今回は、
      「自分の世界は自分の言葉が創っている」
      というお話です。

       

       

       

      今回も、幸田先生が講演でお話しされたことが
      基になっています。

       

       

       

      これに関するお話は

      何度かさせて頂いているかと思いますが
      大事なことなので、改めてお話ししますね。

       

       

       

      たとえば、何かを意識したり、

      ものを考える時に
      全く無縁な外国語とか、

      自分が全然知らない言葉で
      意識したりものを考えたりすることって、

      まず、ないですよね。

       

       

       

      裏を返すと、自分の知っている言葉を使って
      何かを意識したりものを考えたりしていると

      思います。

       

       

       

      そして
      「思考が現実化する」
      という真理があります。

       

       

       

      ここまでをまとめますと

       

      自分の知っている言葉でものを考える

      考えたこと=思考、が現実化する

      現実になったものごとは、

      自分の知っている言葉で創られている

       

      ということになりますよね。

       

       

       

      なので、
      「その人の世界は

      その人の言葉が創っている」
      と言えると思います。

       

       

       

      そして、このことって
      すごく大切なことだと思うのです。

       

       

       

      言葉は毎日、

      頭の中でも口に出しても使うもので
      それがその人の世界を創るというのですから
      どういう言葉を使うかによって、
      その人の世界がすごく違ってきますよね。
      影響力、大きいですよね。

       

       

       

      ですが、どうでしょう?
      そのことを知っている、という人が
      日本では、どれくらい

      いらっしゃるでしょうか?
      世界では、どうでしょうか?

       

       

       

      あるいは、知っていても
      それに本当に注意を払って
      どういう言葉を使うかに

      意識を向けている方って
      どれくらいいらっしゃるでしょうか?

       

       

       

      「言葉が自分の世界を創っているのだ」
      なんていうことは全く知らずに、
      無意識に言葉を使っている、
      という方のほうが多いのでは

      ないでしょうか?

       

       

       

      それどころか
      お子さんなどに少なくないのではと

      思うのですが
      「あまりきれいとは言えない言葉」、
      「親御さんだったら
      あまり使ってほしいとは思えない言葉」
      をどこかから仕入れてきて、

      好んで言うようになる、
      ということ。

       

       

       

      テレビとか、
      学校で他の子が言っていたから、
      なんていう場合が多いんじゃないかと

      思うのですが
      言葉もやはり習慣だと思うので
      小さい頃から、
      というのがすごく大事だと思うんですね。

       

       

       

      かといって、大人になってからでは遅い、
      ということでもないと思うんです。

       

       

       

      幸田先生もよくおっしゃっていますが
      「これからどうしたいのか、が大切」
      ということです。

       

       

       

      自分の使う言葉から、
      自分の望む世界を創り上げていきたいのか、
      それとも、そうではない世界や現実で良い、
      とするのか。

       

       

       

      あくまでも、自分次第だと思いますが
      逆に言うと、

      自分でどこまでも自由に選択できる、
      自由が与えられている、

      とも言えるかと思います。

       

       

       

      そして、
      「言葉から、

      望む世界を創り上げていきたい」
      という場合、
      ひとつ、

      とても大切なことがあると思います。

       

       

       

      それは
      「自分が現実を創造している自覚を持つ」
      ということです。

       

       

       

      「にわとりが先か、卵が先か?」
      のお話ではないですが、
      やはり、この自覚をしっかり持った上で
      言葉に対する意識も高めていく。

       

       

       

      そうすることで
      言葉にも力が出てくると

      思うんですね。

       

       

       

      IRMでは、

      『言葉』が、植物の「木」だとすると
      「根っこ」に当たるのが

      『言霊』だと言っています。

       

       

       

      先の
      「自分が現実を創造している自覚を持つ」

      あるいは
      「その自覚を深める」
      ということは
      言霊の部分に栄養を与えることだと

      思うのです。

       

       

       

      自覚を深めれば深めるほど
      言霊に栄養が行き渡る。

       

       

       

      そこから栄養を吸い上げた「言葉」は、
      より強い、現実創造力を

      持っているんじゃないかなと思うんです。

       

       

       

      そういう言葉を
      自分の望む世界、望む現実を

      創り上げていくような使い方で
      紡いでいく。

       

       

       

      そのことで、

      本当に自分の言葉が自分の世界を

      創り上げているんだ、
      という実感が持てるように

      なってくると思うんですね。

       

       

       

      つまり、少しずつでも、
      望む世界の現実化が、

      起こってくるということ。

       

       

       

      そうなれば、やりがいが出て、
      もっと言葉に気をつけようって

      なりますよね。

       

       

       

      そうして、

      プラスのスパイラルに入っていける・・・

       

       

       

      すごく、いい流れに

      入っていけるんじゃないかなと

      思うんですね。

       

       

       

      もしよかったら、

      ぜひ、試してみて頂けたらと思います。

       

       

       

      最後までお読みくださいまして
      本当にありがとうございました!

       

       

       

      あなたの、益々の自己実現とご多幸を
      心より応援しております!

       

       

      | - | 14:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
      0
        魚眼レンズになるということ

        数あるブログの中
        こちらにお越し下さいまして
        誠にありがとうございます。

         

         

         

        今回は
        「魚眼レンズになる」
        というお話です。

         

         

         

        これも、幸田先生が

        講演の中でお話しされたことが
        基になっています。

         

         

         

        「魚眼レンズになれ」
        これは幸田先生は昔、
        演劇の世界にいらした時に付いていた、
        名のある演出家の方から言われた言葉です。

         

         

         

        どういう意味かというと
        「360度観れるようになれ」
        ということ。

         

         

         

        (昆虫のトンボ等の

        「複眼」とかありますよね。
        ああいう感じで

        イメージして頂けたらと思います)

         

         

         

        実際に、その演出家の方は、
        例えば出演者が100人いたとすると
        その100人、一人ひとり、
        全員観えていたんだそうです。

         

         

         

        それだけでなく、

        その一人ひとりのバックにいて、
        その出演者に指示等を出すスタッフにも
        ちゃんと目が行き届いていた、

        ということでした。

         

         

         

        それが言葉だけじゃなくて

        実際にできてるって、
        すごいですよね。

         

         

         

        そして幸田先生は、

        こうお話しされました。

         

         

         

        「1度にそれだけ多くの人のことを

        観れるということは、それとともに
        それだけ多くの人に影響力を与えられる、

        ということなんです」
        と。

         

         

         

        それは、
        「見に来られるお客様の心がつかめる」
        ということ。

         

         

         

        そして、お客様がお一人おひとり、
        いろいろな個性・感性で見にいらしているのを
        どうすればそのお一人おひとりに喜んで頂けるのか、
        どうやったら、

        一人でも多くのお客様を感動させられるか、
        というところにつながっている、

        というお話でした。

         

         

         

        聞けば聞くほど、
        本当にその通りだなと思う

        お話ばかりでした。

         

         

         

        そして、それは何も演劇の世界のことだけでは

        ないわけです。

         

         

         

        一度に同時に、ということで
        いわゆるサービス業全般にあてはまるのです、
        というお話でした。

         

         

         

        本当にその通りだと思いましたし
        会社員の方でも公務員の方でも、
        それは当てはまるのでは、
        と思いました。

         

         

         

        上司の方に納得(満足)してもらうと同時に
        お取引相手様にも

        ご納得(ご満足)頂けるように
        しつらえるですとか


        会社のことにも充分に貢献しながら
        家族のことにもしっかり目が行き届いて、
        ご家族からも厚い信頼を勝ち得るとか、
        そういう、魚眼レンズが必要な場面って、
        本当にたくさんあると思うんですね。

         

         

         

        それは、

        いわゆる主婦というお立場の方にも
        すごく有用な考え方じゃないかなと

        思いました。

         

         

         

        たとえば、しっかり子育てをしながら
        パートナーの方のことも、
        きちんとケアを忘れない、ですとか。

         

         

         

        とはいえ
        「言うは易く行うは難し」だと思うので
        これができないとダメ、
        ということではないと思います。

         

         

         

        そうではなくて、
        「そういう風になれるように
        毎日少しでも意識して行動していこう」
        と、努力目標というか、

        めざす目標として
        意識していくのが

        良いんじゃないかなと思うんです。

         

         

         

        なぜかというと、
        そう意識することで、
        日常生活のいろいろなことが
        そうなれる材料(アイテム)として
        使えるんじゃないかなと思ったんですね。

         

         

         

        そういう日々の意識や行動の積み重ねって、
        大きいんじゃないかなと思うんです。

         

         

         

        そして「魚眼レンズ」の考え方は
        いろいろな応用が
        できるのではと思いました。

         

         

         

        一度に同時にたくさんの人(こと)を、

        という以外にも
        たとえば、
        「これを今ここでやると、
        この先どうなるかな」という
        予測・見積りという部分でも、
        すごく活かせるんじゃないかなと。

         

         

         

        たとえば将棋の世界では、
        名人クラスになればなるほど
        何十手まで先を読んで、
        今この目の前の駒を動かす、
        ということを行うと聞きますが
        そこからさらに広がる展開というのは
        何百、何千種類とあるわけで、
        そのすべてを観通せている、
        と言えると思うんですね。

         

         

         

        それは、昆虫のトンボのような
        複眼というものとは言えないと思いますが
        一時(いちどき)にいろいろなものを観る、
        という意味では、
        魚眼とも考えられるんじゃないかな、と。

         

         

         

        先程サービス業ということを書きましたが
        「おもてなし」「思いやり」の面で、
        その、将棋の名人のようなバリエーションで
        お客様、お相手様のことが観通せるようになったり
        おもてなしができるようになったら
        本当にすごく、貢献できる自分になると思うんですね。

         

         

         

        勿論、自分自身も幸せで。

         

         

         

        なので、とてもお役立て頂けるのではと

        思いますので、
        もしよかったら、

        ぜひ「魚眼レンズ」の考え方を
        あなたのの自己実現やお幸せに
        活用して頂けたらと思います。

         

         

         

        最後までお読み下さいまして
        誠にありがとうございました。

         

         

         

        あなたの益々の自己実現とご多幸を
        心よりお祈りしております!

         

         

        | - | 15:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
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          「価値観」と「決めつけ」

          おはようございます。上野聡一朗です。

          今回も数あるブログの中から

          こちらにお越し下さり、

          誠にありがとうございます。

           

           

           

          今回は
          「価値観と決めつけ」
          というお話です。

           

           

           

          前回のお話で、感情学修をする際、
          「価値観」という言葉の代わりに
          「決めつけ」もしくは「思い込み」に言い換えてみては
          というお話をしましたが、
          実際に「決めつけ」という言葉で
          感情学修をしてみた時に
          「価値観」でとらえているのと、
          ちょっと違った感覚がありました。

           

           

           

          何かお役に立てるのではと思ったので、
          今回、記事にさせて頂きます。

           

           

           

          (ここから書かせて頂きますことは
          あくまで「私が、そう感じた」ということで
          IRMとしてこの感じ方を推奨しているというわけでは
          必ずしもありませんので、
          そのようにお読み頂けましたら幸いです)

           

           

           

          感情学修の時に、たとえば、
          「こういう怒りの感情が出るというのは、
          自分の中にどういう決めつけがあるってことだろう?」
          と問いかけるわけですが
          それはつまり、
          「自分の中に何らかの決めつけがあるんだ」
          と、自ら宣言していることなのです。

           

           

           

          「自分の中に決めつけがあるんだという

          前提に立っている」
          と言ってもいいでしょう。

           

           

           

          大事なことなので何度も書きますが
          そういう
          「決めつけがあるんだ」
          という前提に立つと
          「決めつけパトロール機能」みたいなものが
          頭の中で働いてくる感じがあるんですね。

           

           

           

          「この中のどこかに決めつけがあるぞ!」
          「決めつけはどこだ、どこにある?」
          と、強い気持ちで、
          くまなく探してくれるパトロール機能が。

           

           

           

          これは「価値観」を使っている時には
          なかった感覚なんですね。

           

           

           

          で、なぜそうなのかなと考えてみました。

           

           

           

          あくまで私の中でのことですが
          「価値観」は自分の中にあっていいもの、
          「決めつけ」は、あってはよくないもの、
          という感覚があるからじゃないかなと思ったんですね。

           

           

           

          だから「決めつけ」を使った時に
          「それは一大事!」という趣で、
          パトロール機能が働く、という。

           

           

           


          「決めつけ」という言葉でなくても
          「思い込み」「固定観念」「先入観」

          「観念」「ビリーフ」etc.
          ご自分にフィットしたもので
          使って頂ければいいんじゃないかなと思います。

           

           

           

          前回も書きましたが、もちろん
          「価値観」という言葉がフィットする方は
          そのまま使って頂ければと思います。

           

           

           

          話を戻しますが、なので、やっぱり、
          使う言葉って大事だなあと
          思う次第なのであります。

           

           

           

          そして、
          実際にやってみて特徴的だなと感じたのが
          その「決めつけ」は必ずしも
          「〜しなければならない」
          「〜べきだ」
          「〜でなければいけない」
          という形で出てくるわけではない、
          ということです。

           

           

           

          前回のテーマの時に書いた、
          テーブルの上の片付けでいえば
          「きれいにしても何も変わらない」
          という形で、出てきたんですね。

           

           

           

          でも、確かにそれは私の中では「決めつけ」であり
          価値観という言葉で言えば間違いなく
          「価値観」だったと思うのです。

           

           

           

          あと、大事だなあと思うのが
          これは「価値観」を使っても同じと思いますが
          そこに潜む「感情」を
          しっかり感じとってあげること、

           

           

           

          テーブルの片付けの例でいえば
          「めんどくさい」が「めんどくさい」のままでは
          たぶん、感情学修は進まなかったと思います。

           

           

           

          「めんどくさいってことは何の感情だろう?」
          と感じながら考えて、
          「不満」「怒り」を導き出して。

           

           

           

          なので、その最初の
          「めんどくさい」の時に、
          感情をしっかり感じることが
          大事だということじゃないかなと思います。

           

           

           

          そこでしっかり感じて、
          そこから
          「どんな決めつけが・・・?」とさかのぼっていく。

           

           

           

          なぜ感情をしっかり感じるのが大事と思うかというと
          それによって、深くなるというか
          本当に核の部分に当たる感じがします。
          (あくまでも私の感じです)

           

           

           

          それを省くと、
          何か頭でやっただけ、みたいな感じで
          浄化の感じもしないですし
          浄化したつもりになっても、
          実際の行動の変化に繋がらなかったりで
          やっぱり、ちょっと違うなあという感じです。

           

           

           

          感情をしっかり感じること、大事だと思います。

           

           

           

          と、ここまで書いてきましたが
          「決めつけ」という、新しい切り口で
          また感情学修が進められますこと、
          お祈りしています。

           

           

           

          最後までお読み下さいまして

          本当にありがとうございました。
          あなたの、ますますの自己実現とご多幸を
          心からお祈りしています。

           

           

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            感情学修のアップグレード!

            こんばんは。

             

             

             

            数あるブログの中から

            こちらにお越しくださいまして

            誠にありがとうございます。

             

             

             

            今回は
            「感情学修のアップグレード」
            というお話です。

             

             

             

            こちらも、講演の中で
            幸田先生がお話しされたことが
            基になっています。

             

             

             

            まず、アップグレードのメインテーマは
            <感受性>ということでした。

             

             

             

            感受性の「感」は言霊で
            観自在の「観」であり
            肝心の「肝」であるということ。

             

             

             

            「IRMの極意は観自在」

            というお話もありますが
            それだけ「感」が重要だということです。

             

             

             

            人間は、五感や、第六感を使った
            「情報の受け取り方」でできています。

             

             

             

            ここでいう「情報」とは
            テレビ等の「ニュース」ということではなく
            自分が体験するあらゆる出来事、
            というふうに捉えて頂けたらと思います。

             

             

             

            そして、前にも書いたことが

            あるかと思いますが
            その人の意識は、

            その人の知っている言葉でできています。

             

             

             

            その人がどういう言葉を

            仕入れたのかによって
            その人の意識が決まってくる、

            とも言えるかと思いますが
            さらに大切なことがあります。

             

             

             

            その言葉の概念、

            つまりその言葉を

            どういう意味だと思っているのか、や
            こういう時に使おう、というのは
            その人の「感性」で決まってくるわけです。

             

             

             

            つまり、仕入れた言葉そのものは

            同じだったとしても
            「感性」によって、

            意識が全然違ったものになってくる、
            受け取る現実も大きく変わってくる、
            ということ。

             

             

             

            すなわち、

            どういう感性を持っているかによって
            「情報」の意味合いも

            全く違ったものになってくる、
            と言えるかと思うのです。

             

             

             

            今までの感情学修は、
            「情報」が自分の中に入ってきて、
            それで心のデトックス

            (ネガティブ感情)が生まれ
            それについて対応する、という形でした。

             

             

             

            どちらかというと
            ある種「対処」とも言える形。

             

             

             

            感情学修のアップグレード版はそうではなくて
            対処よりももっと前に
            「デトックスされない自分になる
            (ネガティブ感情が出ない自分になる)」
            をめざす。

             

             

             

            「デトックスになるような情報が入ってから
            感情学修をしよう」が今までで
            これからは、
            未然にブロックできるようになることがテーマ、
            ということです。

             

             

             

            では、そのために具体的にどうするか、
            というお話ですが
            幸田先生からお話があったのは
            「価値観」という言葉についてです。

             

             

             

            IRMでは「価値観」をとても大切に考えています。

             

             

             

            ある固有の価値観を持っているから、
            ネガティブ感情が出るのだ、
            という位置づけのものですが
            「価値観」を「決めつけ」もしくは「思い込み」に
            してみては、という試みです。

             

             

             

            もちろん「価値観」という言葉を使わない、
            ということではありません。

             

             

             

            「価値観」がフィットしている方は
            そのまま使って頂いて大丈夫なのですが
            「思い込み」「決めつけ」

            の方がイメージしやすい方には、
            そういうアプローチも

            ご親切になるのでは、という考え方です。

             

             

             

            それで、実際に
            感情学修をする際、

            「価値観」という言葉の代わりに

            「決めつけ」という言葉で

            やってみたんですね。

             

             

             

            そうしたら、すごくフィットしたんです。

             

             

             

            テーブルの上が片づいていなくって
            それをしようと思ったんですね。

             

             

             

            でも、なぜか、できない。

            めんどくさくなる。

             

             

             

            「片づけた方が良い」というのは、
            頭ではわかってるんです。
            本で読んだり、人のお話で聞いたり。

             

             

             

            で、感情学修をしました。

             

             

             

            感情は、不満、怒り。
            「怒り」の方が強い感じでしょうか。

             

             

             

            「片付けなんてくだらない。
            何でこんなことやらなきゃいけないの?」

            という。

             

             

             

            で、
            「こういう怒りが出てくるっていうのは、
            自分の中にどういう決めつけがあるってことだろう?」

            と自分に問いかけてみたんですね。

             

             

             

            「決めつけ」という言葉を使って。

             

             

             


            ここからは、私の実体験での感覚を
            書いていきますので、必ずしも
            「IRMでこういう感覚を推奨しています」
            ということではありませんので
            そのようにお読み頂けましたら幸いです。

             

             

             

            そうして問いかけていくと、
            自分の中の「決めつけ」が見つかりました。

             

             

             

            「片づけても(きれいにしても)何も変わらない」

             

             


            「〜でなければいけない」
            「〜べきだ」
            の形ではありませんでしたが、
            確かに私の中では「決めつけ」でした。

             

             

             

            で、「本当に何も変わらないのかな?」
            と検証してみました。

             

             

             

            そうすると、
            「そんなことはない、心地良くなるじゃないか」
            と、心の声がしました。
            (検証した内容を細かく書くと長くなりますので、
            割愛させて頂きます)

             

             

             

            その決めつけを手放し、
            テーブルの上の片付けにとりかかりました。

             

             

             

            自分で言うのも何ですが、
            1時間ほどで、

            見違えるほど片付けができました。

             

             


            自慢話がしたいのではなくって、
            感情学修をする上で
            「決めつけ」という言葉も
            すごく有効だと思いますよ、
            というお話でした。

             

             

             

            ぜひ、お役立て頂けましたら幸いです。

             

             

             

            最後までお読み下さいまして

            本当にありがとうございました。、

             


            あなた様の、

            ますますの自己実現とご多幸を
            心より応援しております。

            | - | 01:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
            0
              自分の可能性を広げ、幸せに導く「五感」の使い方

              こんにちは。
              数あるブログの中から、
              こちらにお越し下さいまして
              誠にありがとうございます。
              ご縁に感謝します。

               

               

               

              さて、先日のワンデイスクールや
              その後の懇親会での
              幸田先生のお話で、とても心に残るお話があり
              読者の皆様のためにもなると思ったので、
              シェアさせて頂きますね。

               

               

               

              「五感を活用して自分の世界を広げる」
              というお話です。

               

               

               

              たとえば、よく行っているお店や
              通勤で通っている道など
              いつも見ている風景の中の
              今まで気にして見ていなかった所を、

              注目して、見る。

               

               

               

              こういうことを、やってみます。

               

               

               

              すると
              「あ、このお店の天井って、
              こういうデザインになってたんだ」
              「こんなところに、

              こんなワンポイントがあったんだ」
              こんなふうに、

              見えていなかったものが見えるようになったり
              気づかなかったことに

              気づけるようになったりします。

               

               

               

              そうなることで
              自分の世界が広がってくることにつながる、

              というお話でした。

               

               

               

              もちろん、天井のデザインに気づいたから
              すぐに自分の世界が広がる、ということではなくて
              そういうふうに、

              よく見知っていると思っているような中にも、
              実は自分の知らない世界があって、

              そしてその世界は
              自分が五感を研ぎ澄ませて活用すればするほど
              どんどん見つけることができるし、広がっていく。

               

               

               

              それは「見る」(視覚)だけではなくて
              「聞く」(聴覚)「嗅ぐ」(嗅覚)をはじめ、
              五感すべてに言えることで、
              その分だけ、

              よりダイナミックに広げられるということ。

               

               

               

              そういうことに気づけて、自覚できて、
              そして
              五感をもっと研ぎ澄ませて
              自分でもっと世界を広げていこう、

              と思えたなら
              どんどん、身近な所からでも

              自分の世界を広げていくことは可能ですよ、
              ということだと思うんです。

               

               

               

              そして、自分の世界が広がるということは
              自分の可能性が広がるということ。

               

               

               

              そういうところから
              自分の世界や可能性が広げられると思ったら、
              どうですか?
              何か、すごくないですか?

               

               

               

              また、より五感を磨く、伸ばすということは
              モチベーションを上げていくことにもつながる、
              というお話もすごくためになりました。

               

               

               

              例えば、音楽を聞くのが好きだ、という場合
              それを突き詰めていく。

               

               

               

              そのうち、たとえば
              もっといい音、豊かな音、

              心が豊かになる音で聞きたいな、
              と思うようになる。

               

               

               

              そうしたら
              「もっと高性能のオーディオで聞きたい」
              「それを買いたい!」となって
              「では、それを買えるように仕事を頑張ろう!」とか
              そういう形でモチベーションの向上にもつながってくる。

               

               

               

              そういうお話だったんです。

               

               

               

              確かにそういうことはあるなと思いましたし、
              そういうふうに活用していきたいな、
              と強く思いました。

               

               

               

              今まで、
              自分の枠や可能性を広げるとか
              モチベーションをアップさせるツールとして
              「五感」を考えたことがなかったので
              それを知ることができて、本当に良かったですし
              今日、お伝えさせて頂いたことで
              少しでもあなたのお役にたてましたら幸いです。

               

               

               

              最後までお読み下さいまして
              誠にありがとうございました。

               

               

               

              あなたの、ますますの自己実現とご多幸を
              心からお祈りしております。

               

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                「聖の字を、深く考える」

                こんにちは、

                今回もこちらのブログにお越し下さいまして

                誠にありがとうございます。

                 

                 

                 

                今回は

                「聖の字を、深く考える」

                というお話です。

                 

                 

                 

                前回の記事の中で

                聖という字の成り立ちについて

                「耳と口が王である」となっている、

                というお話をさせて頂きました。

                 

                 

                 

                で、これって、実はすごく深いお話で

                そこのところをお伝えさせて頂くことで、

                より、腑に落とせて

                とてもお役にたてて頂けることと思いましたので

                さらに深く、お伝えさせて頂きますね。

                 

                 

                 

                「耳」は、情報の受け取り方の象徴なんですね。

                インプットの方ですね。

                 

                 

                 

                「口」はアウトプットの象徴。

                 

                 

                 

                それがどういうことかというと、たとえば

                誰かの悪口を「耳」で聞いた、

                それをそのまま他の誰かに

                「口」から出すこともできるんですね。

                 

                 

                 

                悪口の連鎖みたいなものが生まれますよね。

                あんまりポジティブな感じではないでしょう。

                 

                 

                 

                でも、そうしないこともできるわけです。

                たとえば、すごくシンプルですが

                悪口を聞いても、それを人に言わない

                (悪口ではない出し方をする)

                ということだってできますよね。

                 

                 

                 

                入口・出口を、王としてふるまう、ということ。

                自分の世界の中で、そうしていく、ということ。

                 

                 

                 

                「聖」という字の形で考えると

                左にある「耳」から入ってきた情報を

                下の「王」というフィルターで

                フィルターにかけて、キレイにして

                右の「口」から出していく

                 

                 

                 

                そんなイメージです。

                 

                 

                 

                では、具体的にどうすることが大切なのかというと

                「その人の聖なる部分を認められるかどうか」

                ということなんですね。

                 

                 

                 

                幸田先生は、セッションの際のお話を例に

                こんなお話をして下さいました。

                 

                 

                 

                クライアント様が

                どれだけ「自分は幸せでなくて、ああで、こうで」

                とネガティブなことをおっしゃっても

                あくまでも自分(幸田先生)は

                その方のプラスのところだけを観て

                言葉をかけていくのです、と。

                 

                 

                 

                これは、クライアント様のお話を受け入れていない、

                とかいうことではありません。

                 

                 

                 

                実際、私自身、先生のセッションを

                何度も受けさせて頂いていますが

                そういうことは一切ありませんでしたので。

                 

                 

                 

                それどころか、本当に心の深いところから

                明るくなれる、光を感じられるようになる、

                そんなセッションなのです。

                 

                 

                 

                それは、たとえば私がセッションの中で

                どれだけネガティブなことを言っていたとしても

                私の中の聖なる部分というのを認めて下さって

                それを背景として言葉をチョイスして

                掛けて下さっていたからこそ

                私の実感として、そういうものを

                感じられたんだと思います。

                 

                 

                 

                そしてそれは、

                幸田先生のセッションの場、

                という限られたものではなく

                誰でも、日常生活の中で、

                意識・実践できることではと思います。

                 

                 

                 

                たとえば、誰か友達が

                「私って何をやってもうまくいかなくて・・・」

                と、口に出していらっしゃったような時。

                 

                 

                 

                それを聞いてあげて

                でもそのまま返すのではなくて

                たとえばですが

                「今回は上手くいかなかったかもしれないけれど

                あなたには、こういういいところもあるよ。

                こういう、うまくいったこともあるじゃない」

                というように、その方のプラスのところ、

                聖なるところをじっと観続け、そこの部分を信じて

                お話しする(口に出す)。

                 

                 

                 

                もちろんそれは、

                表面上だけ取り繕って、気休めのように

                「大丈夫だよ」

                とか言うことではありません。

                 

                 

                 

                そういうのって伝わってしまいますし

                却ってよくないと思います。

                 

                 

                 

                大事なのは

                本気でその人の中にプラスを観ることができるのか、

                信じることができるのか、

                ということ。

                 

                 

                 

                もっというと

                どこまでも人間の無限なる可能性や

                潜在能力を信じること、

                そしてその人が元気になったり、

                望みがかなったり、

                潜在能力が開花することを信じること、

                信じてさしあげること。

                 

                 

                 

                言い換えると、

                それも「祈り」ということだと思います。

                 

                 

                 

                そしてその祈りは

                もちろん「その人のため」なわけですが

                同時に「自分の信じる力を養うありがたい機会」

                とも言えると思うのです。

                 

                 

                 

                つまり、自分のためにもなる、という。

                 

                 

                 

                自分が働きかけたことによって

                お相手様にどうなって頂けるか、ということが

                自分の「信じる力」のバロメーターに

                なるんじゃないかなと思うんですね。

                 

                 

                 

                どんどん、信じる力を、培っていける。

                それが、お相手様のますますの

                お幸せにもつながってくる。

                 

                 

                 

                すごいプラスのスパイラルが

                生まれるんだと思います。

                 

                 

                 

                よかったら、ぜひ、この「聖」の取り組み、

                試してみて頂けたらと思います。

                 

                 

                 

                最後までお読み下さいまして

                本当にありがとうございました!

                 

                 

                 

                あなたの益々の自己実現と

                ご多幸をお祈りしております!

                 

                 

                ==================

                IRMがしっかり、じっくり学べて、

                オープンセッションも受けられる、

                運命好転のきっかけとなる1日に

                なるかもしれませんよ!

                 

                第102回IRMベーシック&

                第102回IRMアカデミー
                IRM 1DAYスクール


                日時  2017年10月8日(日)

                    13時30分〜18時30分

                会場  JR「川崎」駅 直結 
                     
                ミューザ川崎シンフォニーホール 

                    会議室2

                定員  15名(完全予約制、先着順)

                参加費 12,000円
                     (お申し込みの際、

                     上野のブログを読んで申し込みました、
                     とお書き下さいますと、

                     2000円引きとさせて頂きます。
                     お友達とのご参加でさらにオトクにも!
                     参加費の詳細はこちらをご覧ください)

                締切  
                本日10月4日(水)じゅうまで。
                     

                詳細、お申し込みは、こちらをご覧ください。

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                  「聖者」と「イニシアチブをとる」ということ。

                  数あるブログの中から

                  こちらにお越し下さいまして
                  誠にありがとうございます。
                  ご縁に感謝します。

                   

                   

                   

                  さて、前回の記事で
                  「主導権(イニシアチブ)」

                  ということを書きましたが
                  それに関連して、

                  ぜひお役に立つと思うことがあるので
                  お伝えさせて頂きますね。

                   

                   

                   

                  あらゆる存在が

                  聖なる存在として観れるようになろう
                  =聖者になろう、と思ったとしても
                  たとえばですが、
                  「あの人がああだから」とか
                  「この人がこうだから」

                  という思いが湧きでてきて
                  その人のことを

                  許せなかったりとかすることも
                  あるんじゃないかと思います。

                   

                   

                   

                  とてもとても
                  「聖なる存在」なんて

                  思えなかったりっていうことも
                  あるんじゃないかと思うんです。

                   

                   

                   

                  で、ここで、考えてほしいんです。

                   

                   

                   

                  自分の中に、そういう、

                  聖者になれない何かがいるから
                  聖者になれないわけですよね。

                   

                   

                   

                  でもその、
                  「自分を聖者にさせない、

                  自分の中にいる何か」
                  っていうのは、他人じゃないですよね?

                   

                   

                   

                  もちろんその
                  「あの人は・・・」とか
                  「この人は・・・」という場合
                  自分を聖者にさせないきっかけは、

                  他人ということもあるでしょう。

                   

                   

                   

                  でも、その「他人」が、

                  自分(あなた)の心の中に入ってきて
                  「ああ思いなさい」
                  「こう思いなさい」
                  とあなたの思考や行動を
                  コントロールしているわけではないですよね。

                   

                   

                   

                  人間は、そういうふうには

                  なっていないわけです。

                   

                   

                   

                  それが誰であっても、

                  誰かがどうこう、ということはないんです。

                   

                   

                   

                  「あの人が・・・」と
                  自分が思っているだけなのです。

                   

                   

                   

                  では、どうしたらいいのか?

                   

                   

                   

                  (※このテーマも、

                  幸田先生が講演で話されたことが
                  基となっていますので、
                  そのようにお読み頂けましたら幸いです)

                   

                   

                   

                  「聖」という字をよく見てみて下さい。

                   

                   

                   

                  聖って、字の成り立ちがすごいんです。

                   

                   

                   

                  耳と口が王である、という成り立ち。

                   

                   

                   

                  では「耳と口が王である」って、
                  どういうことだと思いますか?

                   

                   

                   

                  お考えて下さり、ありがとうございます!

                   

                   

                   

                  王=支配者、ということです。

                   

                   

                   

                  つまり
                  <自分の人生を支配している者としての聴き方と、

                  言葉の出し方・使い方ができるようになった人のことを
                  「聖」という>
                  ということなんです。

                   

                   

                   

                  幸田先生ご自身、
                  「聖」は神聖なる存在であり、今まで距離があった、
                  と話されていましたが
                  「いや、そうじゃないんだ」と思えるようになった、
                  とおっしゃっていました。

                   

                   

                   

                  ここで、よくよく考えてみてほしいのです。

                   

                   

                   

                  <自分の人生を支配している者としての聴き方と、

                  言葉の出し方・使い方>

                   

                   

                   

                  これはすべて、

                  自分がコントロールできるものですよね。

                   

                   

                   

                  言い換えると、自分が創造できるものであり、
                  自分次第でどうにでもなる、ということ。

                   

                   

                   

                  イニシアチブ、ということに深く関係してきますが
                  やはり、まずこれを自覚することが、
                  「聖」を自らのものにする上でとっても大切なんですね。

                   

                   

                   

                  この
                  「自分が100%コントロールしている」
                  「自由に創造できる」
                  というところがポイントなんです。

                   

                   

                   

                  ではなぜ、
                  「(自分で)自由に創造できる」
                  と言えるのでしょうか?

                   

                   

                   

                  お考え下さり、ありがとうございます。

                   

                   

                   

                  なぜかというと
                  「それに対する観方、考え方は
                  自分次第で自由にできるから」
                  なんですね。

                   

                   

                   

                  これは前の記事でも書かせて頂きましたが
                  ものすごく大切なポイントなので
                  再度お伝えさせて頂きますね。

                   

                   

                   

                  IRMを極める5つの法則の
                  第一番目
                  「現実を創造している自覚を持つ」
                  とも通じるところですが
                  自分こそが自分の現実を創造しているわけです。

                   

                   

                   

                  言い換えると
                  「自分の観方が自分の現実を創造している」
                  とも言えるでしょう。


                   

                   

                  つまり
                  「自分が現実を創造している自覚を
                  強く持てば持つほど、そして
                  聖者である観方を選択し、
                  それに沿った言動を
                  積み重ねれば積み重ねるほど
                  聖者である現実を
                  創造できる可能性が
                  より高くなる」
                  ということが
                  言えるかと思うのです。

                   

                   

                   

                  何が言いたいかというと
                  「自分がイニシアチブを握っている」
                  ということです。

                   

                   

                   

                  逆に言うと
                  自分がイニシアチブを握っている自覚が
                  小さければ小さいほど
                  「あの人が・・・」
                  「この人が・・・」となり
                  聖者たる自分からは
                  距離が離れてしまうのだと思います。

                   

                   

                   

                  でも、たとえそうだったとしても
                  (「あの人が・・・」となっていても)
                  それを否定するものではありません。

                   

                   

                   

                  「あ、イニシアチブを握っている自覚が
                  強くないんだな。
                  それを教えてもらってるんだな。
                  もっと自覚を強くできる
                  のびしろ、可能性があるってことなんだな」
                  と気づけるチャンスを与えてもらっている、
                  と考えることもできるからです。

                   

                   

                   

                  それも、観方・考え方で、
                  やっぱり自分の自由なんですね。

                   

                   

                   

                  このお話を、ぜひ、あなたの
                  益々の自己実現とお幸せに
                  お役立て頂けましたら
                  大変ありがたく存じます。

                   

                   

                   

                  最後までお読み下さいまして
                  本当にありがとうございます!

                   

                   

                   

                  あなたの益々の自己実現とご多幸を
                  心よりお祈りしております!

                   

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                    現実や運命を好転させる、ものの観方とは?

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                    こちらにお越し下さいまして
                    誠にありがとうございます。

                     

                     

                     

                    今回は、「聖者」

                    を中心としたお話になります。

                     

                     

                     

                    (これも、幸田先生が講演の中で

                    話されたことが基になっていますので
                    そのように受け取って頂けましたら

                    と思います)

                     

                     

                     

                    それで、普通、生活していて
                    「聖者になりたい」とか
                    「聖者になるには

                    どうしたらいいんだろう?」とか
                    聖者というものについて、

                    あんまり考えることは

                    ないのではと思うんですね。

                     

                     

                     

                    ですが、ここに
                    あなたの現実や運命を好転させる

                    凄い重要な鍵が隠されていますので
                    ぜひ、楽しみにお読み頂けたら

                    幸いです。

                     

                     

                     

                    幸田先生曰く
                    「聖者とは、

                    他のあらゆる存在が聖なる存在として

                    観れている人のことを
                    聖者と言います」

                    ということでした。

                     

                     

                     

                    でも、これだけですと
                    「何のこと?」と

                    思われる方も

                    いらっしゃるんじゃないかと思いますので
                    説明していきますね。

                     

                     

                     

                    たとえば、

                    イヤな人がいるとしますよね。

                     

                     

                     

                    で、IRMでは
                    「出来事を心の鏡として観る」
                    という教えがありますが、

                    それと同じように
                    他人も

                    「自分の心の鏡として観る」

                    わけです。

                     

                     

                     

                    そのイヤな人も、

                    自分の心の鏡として観る、

                    ということですね。

                     

                     

                     

                    イヤな人がいる、ということは
                    過去のどこかの段階で
                    その人と出会ってしま

                    った、ということがあると思いますが
                    なぜ、会ったのか、会ってしまったのか、
                    そういうところから、

                    体験の意味を読み解いていく必要が

                    あるわけです。

                     

                     

                     

                    で、読み解く時に、
                    どういう読み解き方をすればいいか、

                    ということですが
                    どういう読み解き方をすればいいと

                    思いますか?

                     

                     

                     

                    考えて下さり、ありがとうございます。

                     

                     

                     

                    どういう読み解き方をすればいいかというと
                    自分が絶対安心・絶対幸福になるような
                    解き方をすればいい
                    のです。

                     

                     

                     

                    イヤな人が尊い存在、

                    聖なる存在になるような
                    解き方ですね。

                     

                     

                     

                    そういう、他のあらゆる存在が
                    聖なる存在として

                    観られるようになった人、
                    そういう鏡の観方を

                    出来るようになった人のことを
                    「聖者」というわけですが
                    もしそういう観方ができていないとすると
                    「あなた、まだ正解に行けてないですよ」
                    と、そのイヤな人が教えてくれている、

                    ということになるのです。

                     

                     

                     

                    「正解」は言霊で
                    「聖界(聖なる世界)」となりますが
                    「行けてないよ、ということを
                    100%、そのイヤな人が教えてくれてる」
                    しかないんですね。

                     

                     

                     

                    本当にこれは、感情学修をしていて
                    まだ浄化に至っていない時に、
                    「ああ、これって、まだ行けてないってことを
                    教えてくれてるんだなあ」

                    と気づくことがあって、
                    本当にその時、もう、本当に感謝しかない、
                    っていう感じになるんですね。
                    (自分の感じの話ばかりで恐縮なのですが)

                     

                     

                     

                    イヤな人、なんだけれども
                    ある意味、自分の成長とか覚醒に
                    協力してくれている、
                    仲間というかサポートというか。

                     

                     

                     

                    そんな感じに思えてくることさえ
                    あるんですね。

                     

                     

                     

                    それは、
                    「そう思って下さい」とか
                    「そう思えないといけませんよ」
                    ということではありませんので、
                    念のため、お伝えしておきますね。

                     

                     

                     

                    そういうのではなくて
                    そう思える瞬間っていうのが、
                    訪れる
                    感じなんですね。

                     

                     

                     

                    夕方、車で走っていて、
                    ある瞬間、

                    パッと美しい夕陽が顔を出して
                    「ああ、きれい・・・」っていう思いが
                    自然に湧いてくるような感じというか。

                     

                     

                     

                    で、そういう、
                    自分が絶対安心・絶対幸福になる解き方が
                    できるようになるにはどうしたらいいか、
                    ということですが

                     

                     

                     

                    もちろん、

                    感情学修の技術や経験値、

                    というのは
                    すごく大切だと思います。

                     

                     

                     

                    ただ、それと同様、
                    いえ、もしかしたらそれ以上に大切なのが
                    「宇宙に対する絶対信頼」
                    ということじゃないかなと思っています。

                     

                     

                     

                    ここでいう宇宙とは、
                    星が瞬く広大な宇宙、
                    の方というよりも
                    他人や世界、
                    そして自分自身(の内的宇宙)
                    ということで
                    考えてみて頂けたらと思います。

                     

                     

                     

                    「どんなことが起こっても、
                    それは自分を絶対安心・絶対幸福に
                    導いてくれるための案内役なのだ」

                     

                     

                     

                    「宇宙は、自分を幸せにしてくれる
                    情報しか与えてくれていないのだ」

                     

                     

                     

                    「すべては、自分をより覚醒させてくれる、
                    サポーターなのだ」

                     

                     

                     

                    と、どんな時も、
                    心の底から信じることができたら
                    すべてのことが、絶対安心・絶対幸福への
                    「プロセス」でしかなくなる。

                     

                     

                     

                    「聖者」へのプロセスでしかなくなる。

                     

                     

                     

                    ここで大切なのは
                    「どんなことが起こるか」という
                    起こることのほうに主導権(イニシアチブ)
                    があるのではなく
                    どういう観方をするか、解き方をするか、
                    どういう信念を持つか、という
                    自分自身の方にイニシアチブがある、
                    ということなのです。

                     

                     

                     

                    自分次第でどうにでもなる、
                    どういうふうにでもコントロールできる、
                    ということです。

                     

                     

                     

                    これがものすごく大事です。

                     

                     

                     

                    ぜひぜひ、このことをしっかり念頭に置いて
                    ここに書かせて頂いたことを
                    試してみて頂けたらと思います。

                     

                     

                     

                    最後までお読みくださいまして
                    誠にありがとうございました!

                     

                     

                     

                    あなたの、益々の自己実現とご多幸を
                    心よりお祈りしています!

                     

                    | - | 17:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
                    0
                      (体験談)五つのポイントを実践していたら、こんな有り難いことがありました!

                      先日

                      「現実や運命を

                      好転させたいとお思いの、あなたへ」

                      の記事でご紹介させて頂いた
                      「じゅんすい堂」

                      さんの作品を購入させて頂いて
                      「五つのポイント」を実践させて頂いていたら
                      ありがたいことに、仕事で、

                      なかなかご契約を頂けなかった案件について、

                      ご契約を頂けるということがありました。

                       

                       


                      お聴きになって下さる方の
                      何かお役にたてるのではと
                      そのことを

                      IRMワンデイスクール

                      にて発表させて頂きました。

                       


                      その時のことを
                      じゅんすい堂さんが記事にして下さいましたので
                      こちらで、シェアさせて頂きますね。

                      (じゅんすい堂さま、記事にして下さり、

                      ありがとうございました)

                       


                      =================


                      【実践していただいた方の体験談】

                      じゅんすい堂では
                      作品を買った(借りた)はいいけど…と、
                      なる前に


                      「効果的な使い方」

                      を紹介しております。

                      今日は
                      実際に作品をご購入されて、
                      自分にどんな変化があったのか?を
                      具体的にお話して頂ける機会がありました。

                      『天』-SORA-

                             (作品の複製やコピー厳禁)

                       

                      という作品を
                      他界されたお母様を想って、

                      ご購入していただきました。

                      ご自身で不動産会社を経営なさっていて
                      その【店舗】に
                      飾っていただいているそうです。

                      お母様と共に
                      お仕事した場でもあるそうで、

                      「5つのポイント」

                      じている最中は出来るだけ穏やかに
                      嬉しかったことや楽しかったことを考える。


                      を実践していく中で

                      お仕事の中での楽しかった思い出
                      プライベートでの嬉しかった思い出


                      など思い出し…

                      心がとっても温かい気持ち
                      になったのだそうです。


                      そして、
                      なかなか決まらなかった

                      物件のご契約をいただいて
                      さらにそこのオーナーさんが

                      お母様と同い年だったそうなのです。

                      ニコニコと楽しそうに嬉しそうに
                      お話いただいていて、
                      私もとっても心が温かくなりました。


                      亡くなった方への一番の供養は
                      残された方が

                      「幸せに生きる」


                      ということ
                      とよく言われていますよね。

                      きっと天国から見守って

                      いただけていらっしゃるのだろうな…
                      と感じました。

                      じゅんすい堂は
                      「幸(さち)運び、運命が好転すること」
                      を切に願って、
                      作品をお届けしておりますので

                      その【祈り】を拾って頂けたのかな…

                      込み上げてくるものがありました。

                      新作もどんどん発表しております。
                      ホームページもご覧いただければ幸いです。


                      ===================

                      このお話が、

                      あなた様の何かお役にたてましたら
                      ありがたいです。、

                       


                      最後までお読みくださいまして
                      本当にありがとうございました!

                       

                       


                      あなた様の、

                      ますますの自己実現とご多幸を
                      心よりお祈りしております。

                      | - | 14:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑TOP
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